尼寺庄(読み)あまでらのしよう

日本歴史地名大系 「尼寺庄」の解説

尼寺庄
あまでらのしよう

現大垣市久徳きゆうとく町・静里しずさと(明治八年まで塩田・徳光の二ヵ村)一帯に比定され、東に東大寺領大井おおい庄があった。美濃国分尼寺とその所領が庄園化したものとも考えられ、久得・得満とくみつ塩田しおた・武方・西神・神護寺じんごじなどの諸郷を含む。建久三年(一一九二)三月日の後白河院庁下文(大徳寺文書)に「美濃国尼寺得満塩田神護寺院御領」とみえ、後白河法皇の妃高階栄子の所領で、本家は院であった。なお前掲下文によって、これらの所領に対する国役や国郡司の濫妨などの停止が命ぜられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む