尾藤水竹(読み)びとう すいちく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尾藤水竹」の解説

尾藤水竹 びとう-すいちく

1800-1855* 江戸時代後期の儒者
寛政12年生まれ。尾藤二洲(じしゅう)の長男伊予(いよ)(愛媛県)の人。嘉永(かえい)3年(1850)浦賀奉行浅野長祚(ながよし)配下となる。安政元年12月14日死去。55歳。名は積高。字(あざな)は希大。通称は高蔵。別号に弦庵。著作に「水竹先生詩文稿」「水竹文集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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