居尻村(読み)いじりむら

日本歴史地名大系 「居尻村」の解説

居尻村
いじりむら

[現在地名]掛川市居尻

原野谷(はらのや)川の上流、大尾(おび)山(六七〇・九メートル)の南麓にあり、南は萩間(はぎま)村。大尾山は「遠江国風土記伝」に王美山とみえる。井尻村とも記され、戦国期は原田(はらだ)庄のうちにあった。天文八年(一五三九)五月二七日の孕石光尚置文(孕石文書)によると、原田庄本郷(ほんごう)内の孕石氏の相伝所領のうちに「井尻村」の三反がみえる。永禄一二年(一五六九)四月一五日、武田信玄は孕石元泰に井尻村の一貫二〇〇文の地を安堵している(「武田信玄判物写」土佐国蠧簡集残篇)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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