山入村(読み)やまいりむら

日本歴史地名大系 「山入村」の解説

山入村
やまいりむら

[現在地名]八王子市美山町みやまちよう

山入川流域に立地。東は川口かわぐち村に接する。田園簿に村名がみえ、田二五石余・畑一九四石余で幕府領、ほか慶真寺(乾晨寺か)領五石。寛文七年(一六六七)の柚井領山入村検地帳(三冊、松井家文書)が残る。元禄郷帳では高三〇二石余。宝永五年(一七〇八)差出帳(須長家文書)によれば、旗本川村領として田一町八反余・分米一一石余、畑屋敷二五町五反余・分米一三七石余。


山入村
やまいりむら

[現在地名]金山町山入

北は横田よこた村、東は大岐おおまた村、山入川が北西流する。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では横田村の高に含まれたと思われ、村名はみえない。「会津風土記」に山入とあり、七つの端村が記される。山入は横田村の古名と伝える(会津鑑)。延宝三年(一六七五)の山入村内並帳(福島県史)によれば、上田・中田下田合せて一二町一反余で、その分米一五五石余とある。安永七年(一七七八)の大塩組御手鑑(大竹家文書)では高四三二石余、免六ツ四分八厘、家数七五、人数四〇八(男二二九・女一七九)、馬二二。


山入村
やまいりむら

[現在地名]津和野町田二穂たにほ

喜汁きじゆう村の北西、津和野川左岸の狭小な平地と後背山地に立地。中世吉見氏の三本松さんぼんまつ城の山下集落があったと思われ、土居どい古屋敷ふるやしき門田かどた地名が残る。寛永一四年(一六三七)の田方検地帳(津和野町郷土館蔵)によれば田高六三石余・五町七反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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