山尻村(読み)やまじりむら

日本歴史地名大系 「山尻村」の解説

山尻村
やまじりむら

[現在地名]下妻市山尻

北は谷田部やたべ村、南は肘谷ひじや村。江戸時代は天領旗本領で、元禄郷帳の村高は四七四石余。幕末は天領七九石余、旗本蜷川・高城岩瀬榊原・佐橋各氏領各七九石余(各村旧高簿)


山尻村
やまじりむら

[現在地名]江南市山尻

和田勝佐わだかつさ村の南にあり、村の北に人家が集中していた。概高一一八石余で、六三石余は藩士二人の給知。畑一九町七反九畝余、新田一石六斗余。一村立のところで竹木が茂り、「蚕飼ヲシ繭ヲ製シ年中他方ヘ出シ生産ノ援ケトセリ」という(徇行記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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