日本歴史地名大系 「山楯村」の解説
山楯村
やまたてむら
[現在地名]平田町山楯
慶長一六年(一六一一)の検地帳(飽海郡誌)では高一六三石余、家数二二。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高三二九石余。正保庄内絵図(本間美術館蔵)では高三五四石余、ほかに喜右衛門新田分として四六石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長一六年(一六一一)の検地帳(飽海郡誌)では高一六三石余、家数二二。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高三二九石余。正保庄内絵図(本間美術館蔵)では高三五四石余、ほかに喜右衛門新田分として四六石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...