日本歴史地名大系 「山楯村」の解説
山楯村
やまたてむら
[現在地名]平田町山楯
慶長一六年(一六一一)の検地帳(飽海郡誌)では高一六三石余、家数二二。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高三二九石余。正保庄内絵図(本間美術館蔵)では高三五四石余、ほかに喜右衛門新田分として四六石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長一六年(一六一一)の検地帳(飽海郡誌)では高一六三石余、家数二二。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高三二九石余。正保庄内絵図(本間美術館蔵)では高三五四石余、ほかに喜右衛門新田分として四六石余。
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...