山田信道(読み)ヤマダ ノブミチ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「山田信道」の解説

山田 信道
ヤマダ ノブミチ


肩書
農商務相,会計検査院長

別名
通称=井原 十郎(イハラ ジュウロウ)

生年月日
天保4年11月3日(1833年)

出身地
熊本県

経歴
水戸派の国学山鹿流の兵学を学び、尊王攘夷を唱え、藩論を喚起した。寺田屋事件後は長州と結び、文久2年親兵に選ばれ、3年七卿落ちに従い長州へ下って拘禁5年。赦されて明治2年弾正少忠。江藤新平を弾劾し江刺県権知事に貶せられた。6年司法省に出仕、のち鳥取県令、福島・大阪・京都各府県知事を歴任、30年松方正義内閣の農商務相となった。31年会計検査院長。29年男爵。

受賞
従二位勲一等

没年月日
明治33年3月12日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田信道」の解説

山田信道 やまだ-のぶみち

1833-1900 幕末-明治時代の武士,官僚
天保(てんぽう)4年11月3日生まれ。松田重助の弟。肥後熊本藩士。文久3年の八月十八日の政変にかかわり,5年間藩に拘禁される。維新後は判事などをへて福島県,大阪府,京都府の知事。第2次松方内閣の農商務相,会計検査院長をつとめた。明治33年3月11日死去。68歳。本姓は井原。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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