直接公選により選出される都道府県の首長であり執行機関。知事という名称が地方団体の長に統一的に付されたのは,1890年の府県制制定以来である。それ以前には東京,大阪,京都府のみに使われ,県の長は県令と称された。このことは単に名称の問題でなく,府県知事の役割が制度として確立した時期を画している。地方団体法たる府県制に基づき,知事は府県を統轄代表するとされた。だが府県制と同時に修正施行された〈地方官官制〉(勅令)に基づき,知事は天皇に任命される官吏であり,かつ国の普通地方官庁と位置づけられ,国政事務の執行を責務とした。具体的には知事は内務大臣から府県庁の組織と人事について指揮監督を受け,各省の所掌事務の執行では主務大臣の指揮監督を受けた。他方,知事は府県会ならびに市町村行政に対し指揮監督権を行使した。いわば知事は中央から地方へ下降する官僚制支配体系の中心に位置していた。もっともこのことは,知事が中央の意を受け機械的に地方支配にあたったことを,必ずしも意味しない。地方官会議等を通じて地域の実情を国に伝え,政策の変更を求めた行動も認められる。また,1920年代には知事の府県会,市町村への指揮監督権に制約も課されている。ただ制度の基本的枠組みと政治・行政上の地位は,第2次世界大戦後の改革まで不変であったといってよい。
第2次世界大戦後の地方制度改革の核心は知事公選制の導入にある。内務官僚を中心とする旧体制勢力の抵抗を受けつつもGHQの指導の下に実現した。これによって知事は国の機関から広域的普通公共団体における市民の代表機関になり,その系として都道府県は完全自治体となった。現行地方自治制度の下にあって,知事は都道府県を統轄し代表するものであり,任期は4年である。知事は首長一般と同様に議決機関たる議会との相互抑制のもとに,補助機関を指揮して行政執行にあたる責任をもつ。およそ知事は,都道府県の固有事務とされている責任領域について,まさに市民の代表機関として行動できる。しかし,現行制度のもとで知事の性格を複雑にしているのは,機関委任事務にある。知事公選制の導入時における最大の政治問題は,従来官吏たる知事に執行委任してきた国政事務を新制度の下でいかに処理するかにあった。これは国,府県,市町村間の権限再配分によらず,法令で知事,市町村長等を国の機関として位置づけ,委任する機関委任事務の導入によって〈解決〉された。知事は第2次世界大戦前と同様に,国の機関として主務大臣の指揮監督を受け国政事務の執行にあたらねばならず,他方,市町村長等への機関委任事務には指揮監督権をもっており,またみずからへの委任事務を再委任することもできる。地方自治法別表3,4に記載された機関委任事務の根拠法は約550本と推定されるが,1952年には256本であった。戦後発展過程において知事は国の機関としての性格を強めてきたとさえいえる。しかし,こうした二重の性格をもつ知事の地位は,戦後45年間に微妙に揺れ動いてきた。戦後初期には国の公選知事への不信感が根強く,公選廃止論や多選禁止論が叫ばれた。また高度経済成長期には,知事みずから〈中央との直結〉を選挙で掲げたのである。知事が制度本来の役割を自覚的に追求し府県機能の見直しが始まったのは1970年代に入ってからである。60年代末から都市,公害問題の悪化を契機として中央からの自立を図ろうとする市民運動がコミュニティ段階で起きた。この状況に対応したのがまず市町村であり,公害,福祉などの政策領域において国を先導する数々の業績を残した。さらに,上の動向に対応して70年代後半以来,知事の中には国の出先機関的性格を脱し,市町村を補完する広域的自治体に純化しようとする動きが生じている。知事の政治的リーダーシップが,国と地方関係の改革にとって戦略的重要性をもつに至っている。だが,他方において知事の中に旧内務省,自治省出身者が近年増加(1980年で16都府県)しているのも事実であり,分権的地方制度の創造にいかに機能するか注目されている。
ところで,日本では連邦制国家における州state,Staatおよび単一国家の県province,départementの首長が,等しく〈知事〉と訳出されている。しかし,連邦制国家の州知事は日本の知事と異なり,主権国家の執政長官chief executiveである。日本の知事に相当するのはprovince,départementの首長であるが,その選任方法,権限は国ごとに多様である。フランスの県知事は内務大臣が任免し,任期に定めはない。知事はその県において中央政府を代表し,国政事務の調整と執行にあたり,県警察の長でもある。イタリアでもおおむね同様であり,県知事は内務大臣が任免し,その指揮監督のもとに個別法がとくに認めた自治行政領域以外の事務を執行し,また地方議会の制定法に合法性判断権をもつ。このように,日本の知事とは性格を異にしている。
→府県制
執筆者:新藤 宗幸
中国の官制。宋代以後の府州県の長官の略称。それぞれ知府,知州,知県という。宋代では知某府軍府事・知某州軍州事といい,管内勧農使を兼ね,県知事は知某州某県主管勧農公事といった。明代では某府知府,某県知県という。五代の府州の長官は節度使,防禦使,団練使,刺史のいずれかで,すべて武臣で占められていた。県令は文官であったが,県内に多くの鎮が置かれ,武人の鎮将が鎮内の徴税,軍事警察,獄訟等の実権を握って府州に直属し,県令はまったく無力であった。そこで宋朝は武人の政治組織を打破すべく,文官の県尉に捕盗警察の権をゆだね,鎮将を廃止し,中央政府の官職の肩書を持つ官僚(京朝官,高等官をいう)を派遣して知県事に任じ,県政の振興をはかり,またしだいに節度使以下の武人に替えて京朝官を遣わし,知州事,知府事に任じ,武人の州長は辺境の要地に残されるだけとなった。県令や刺史に欠員が生じたとき,臨時に他官を知県事(県事取扱),知州事に任じてその職務を代行させる例は唐代半ば以降見られるが,これが正式の官制となるのは宋代である。ちなみに中央政府の官職の肩書を持たない県長は県令と呼ばれた。府州の知事は中央に直属して管内の軍・民を総理し,中央の政令を属県に下し管内の政事を中央に申報していた。県知事は府州知事の監督下に直接人民を支配し,民に農事を勧め,獄訟を裁き,朝廷の恩恵や禁令を管内に宣布し,戸籍をつくり税役を徴し,税収を府州に送り,水旱災害時に賑済(しんさい)を行うなどの職掌を帯びていた。なお刑罰は杖罪以下は県で,徒罪は州で確定実施され,流刑は路で,死刑は中央で確定実施された。
執筆者:草野 靖
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都道府県の長たる執行機関。その都道府県内の住民(選挙人)により直接選挙される(憲法93条、地方自治法17条)。明治憲法下の旧制度において、東京都長官・北海道庁長官・府県知事が、天皇の勅任する国の官吏であったのとは根本的に異なり、現行の知事制度は、地方自治制度が日本国憲法の下で民主主義の基礎をなす制度的保障を与えられたことと対応している。日本国民で年齢満30歳以上の者は、一定の欠格事項に該当する場合を除き、知事の被選挙権をもつ(公職選挙法10条・11条、地方自治法19条2項)。その任期は4年であり(地方自治法140条)、衆議院議員または参議院議員、地方議会の議員、および地方公共団体の常勤の職員と兼ねることができず(同法141条)、また、当該地方公共団体と一定の関係にある私企業役員などの職につくことができない(同法142条)。知事は、一定の事由に該当すると失職するほか(同法143条)、住民の解職請求(リコール。同法81条以下)、議会の不信任議決などによって失職することがある(同法178条)。知事は、都道府県を統轄し代表する執行機関であり(同法147条)、都道府県の事務を管理執行する(同法148条)。知事はその権限に属する事務について(同法148条・149条)、法令に違反しない限りにおいて、規則を制定することができる(同法15条)ほか、職員の任免権(同法172条2項)、職員に対する指揮監督権(同法154条)、知事が管理する行政庁の処分が違法である場合の取消・停止権(同法154条の2)、事務組織を設置編成する権限(同法155条・156条・158条)などを有する。
[福家俊朗・山田健吾]
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各府県の行政長官の官職名。地方長官の呼称は1886年(明治19)までに3回変わる。68年から始まった府藩県の三治制時代では,直轄地の府県に知府事と知県事をおいた。69年版籍奉還ののち,旧藩主を知藩事に任命,廃藩置県後の府県では府は知事(または権知事),県は令(れい)(または権令)を長官とした。86年の地方官官制の制定にともなって,県令を廃止し府県ともに長官の呼称は知事とした。第2次大戦後の地方自治法でも,都道府県の長官を知事に統一した。戦前の知事は内務省の任命制度であったが,戦後は公選制度がとられるようになった。
主事・執事・悦衆とも。諸僧の雑事や寺院の庶務を行う役職の僧。寺務をとる者の意。禅宗寺院では知事制度が発達し六知事のかたちで整備され,おもに衆僧の修行面を担当する六頭首(ろくちょうしゅ)とともに住持を補佐した。六知事とは,都寺(つうす)(事務統轄)・監寺(かんす)(都寺につぐ統轄者)・副寺(ふうす)(会計・財政)・維那(いな)(衆僧の世話)・典座(てんぞ)(衆僧の食事係)・直歳(しっすい)(営繕耕作など)の六つをさす。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…数年後には,別個に設けられた総務・会計部門が併合され,ここに各省の官房制による行政管理機構が確立することになった。地方行政機構においても,総務部門と並存する形で,ことに知事の職権を補強するために官房が設置され,戦後の総務部体制に引き継がれることになった。中央,地方のいずれも,議会制の発達に対応して,政務と行政事務との結節点として機能したところに,日本的特色がみられる。…
…省には省長ともいうべき布政使(行政)・按察使(あんさつし)(司法)が置かれた。省は府に,府は州・県に分かれ,それぞれ知事が置かれた。この点,日本の府と県が同格の行政区であるのとは異なっている。…
…府県は市町村を包括する広域的普通地方公共団体であり,直接公選の知事と議会の二元的代表機関のもとに,普通地方公共団体の権能のうち,広域的なもの,統一的処理の必要なもの,市町村にゆだねるのが不適当な規模のものを処理するとともに,市町村間の調整を責務とするとされている。府県とは歴史的沿革による名称の違いであって,実質的権能を異にするものでない。…
※「知事」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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