山田積石塚(読み)やまだつみいしづか

日本歴史地名大系 「山田積石塚」の解説

山田積石塚
やまだつみいしづか

[現在地名]甲田町上小原 小南

戸島(としま)川流域の広い耕地と、西方の山田の谷とを画する中(なか)山の麓にある中世の墳墓、積石塚は安芸北部の山間に多くみられるもので、山田の地には毛利氏の重臣渡辺氏の長見山(ながみやま)城跡があり、中山には渡辺氏に関係した小南氏の居館があったといわれるから、その関係の墳墓かと思われる。

古くからこれに触れると祟りがあるとされ、原位置にほぼ旧状を保って直径約二メートル、高さ一メートルの積石として残されていたが、昭和四六年(一九七一)道路工事に伴う調査の結果、石積の下から二個の備前焼壺と多数の土師質土器皿などが発見され、壺の中に焼骨や古銭が入っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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