山部大塚古墳(読み)やまべおおつかこふん

日本歴史地名大系 「山部大塚古墳」の解説

山部大塚古墳
やまべおおつかこふん

[現在地名]吉田町山部 甲山

吉田盆地の北方約三キロ、山部川によって開けた谷に臨む標高約四五〇メートル、比高約一九〇メートルの南面する尾根線上に位置し、一基だけが孤立してある。県指定史跡。

墳丘斜面に立地し、後世の削平などにより変形しているため明らかでないが、直径約一五メートル、高さ三メートルの円墳で、背面の高所を削平して築造したことがうかがえる。内部主体は玄室の長辺部に直交して羨道をつけたT字形の平面形をもつ横穴式石室で、南西の山部川の谷に向かって開口する。玄室は長さ三・四メートル、幅一・九メートル、基礎の上に五段の石を持送って積上げている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む