岡山古窯跡群(読み)おかやまこようせきぐん

日本歴史地名大系 「岡山古窯跡群」の解説

岡山古窯跡群
おかやまこようせきぐん

[現在地名]四日市市上海老町 東岡

上海老かみえび町と三重郡菰野こもの下村しもむらとの境界近くに標高六七メートルの通称おか山の独立丘陵地がある。古窯はこの丘陵の東・南・西側の中腹から麓に七基が点在している。昭和三五年(一九六〇)・同四〇年・同四四年に発掘調査され、古墳時代後期も六世紀代に操業を開始し、奈良時代・平安時代初期・中期を経て、平安時代末期を最後としていることが明らかにされた。古墳時代後期の六号窯、平安時代初期の一号・二号窯は半地下式の窖窯であるが、同時期の七号窯は正面の焚口のほかに、窯体の片側に四ヵ所の横口のある平窯で、白炭を焼成した炭窯ともいわれる。平安時代末期の三号窯は分焔柱のある窖窯である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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