岳滅鬼峠(読み)がくめきとうげ

日本歴史地名大系 「岳滅鬼峠」の解説

岳滅鬼峠
がくめきとうげ

岳滅鬼山(一〇三六・八メートル)の東方、現添田町英彦山ひこさんと大分県日田市の境にある峠。江戸時代には豊前国・豊後国・筑前国の国境の峠でもあり、「従是北豊前国小倉領」と刻まれた国境石が現在も残る。峠道は狭く急峻で、峠の頂上には岩場が多く、修験道の修行が行われていたという法華ほけ窟もある(「英彦山」増補版)。添田手永大庄屋記録集(七隈史料叢書)によると、添田町(添田町村)から日田郡豆田まめだ町・くま(現日田市)までの「か□めき越」の道法は九里で、駄賃は一匹一駄九匁を通例とするが、日和のよい時は八匁・九匁宛、風雨寒暑が強い時は一〇匁から一一、二匁宛で、「大難所」のため大雨・大雪の時分は通行不能となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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