島津忠将(読み)しまづ ただまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島津忠将」の解説

島津忠将 しまづ-ただまさ

1520-1561 戦国時代の武将
永正(えいしょう)17年生まれ。島津忠良(ただよし)の子。島津貴久(たかひさ)の弟。垂水家(たるみけ)島津氏初代。天文(てんぶん)17年(1548)大隅(おおすみ)守護代の本田董親(ただちか)を討ち,大隅清水領主となる。23年蒲生範清(がもう-のりきよ)の岩剣(いわつるぎ)城攻めで功をたてる。肝付(きもつき)氏に対する大隅廻城(めぐりじょう)合戦永禄(えいろく)4年7月12日戦死。42歳。初名は政久。通称は又四郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

機械メーカー。トヨタグループの総本家で,繊維機械のほかトヨタ自動車からの小型商用車の受託生産,エンジンその他の自動車部品,フォークリフトなどの産業用車両の生産も行なう。1926年豊田佐吉が,みずから発...

豊田自動織機の用語解説を読む