コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

島田元旦 しまだ げんたん

美術人名辞典の解説

島田元旦

江戸後期の画家・藩士。江戸生。名は文啓、通称は末之允・秀允・寛輔、号は嘯月斎・香雲軒等。谷文晁の弟、のち鳥取藩主島田図書の養子となる。京都で円山応挙に師事し、応挙歿後沈南蘋の画法を究める。また田安家の蝦夷調査に参加し、松平信明に従って画図のことに当り、さらに幕府公謀の川普請に就いて普請奉行となった。天保11年(1840)歿、63才。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田元旦 しまだ-げんたん

1778-1840 江戸時代後期の画家,武士。
安永7年1月1日生まれ。谷麓谷(ろっこく)の子。谷文晁(ぶんちょう)の弟。円山応挙にまなぶ。寛政11年幕府の蝦夷地(えぞち)調査にくわわり,「蝦夷紀行図譜」をのこす。のち鳥取藩士島田図書の養子となり,物頭(ものがしら)などをつとめた。天保(てんぽう)11年6月13日死去。63歳。江戸出身。名は元旦(もとかつ)。字(あざな)は文啓。通称は季允,寛輔。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例