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川崎平右衛門 かわさき へいえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川崎平右衛門 かわさき-へいえもん

川崎定孝(かわさき-さだたか)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

かわさきへいえもん【川崎平右衛門】

1694‐1767(元禄7‐明和4)
江戸中期の農政家。名は定孝,平右衛門は通称。武蔵国多摩郡押立村名主の出身。享保改革の一環として推進された武蔵野新田が,1738年(元文3)の大凶作などにより崩壊の危機に直面したときに新田世話役に登用され,新田の復興に尽力し,44年(延享1)代官となった。50年(寛延3)美濃の代官に転出し,67年(明和4)勘定吟味役石見銀山奉行に昇進した。のち,彼の徳をたたえた謝恩塔,石碑,神社が建てられた。【森 安彦】

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世界大百科事典内の川崎平右衛門の言及

【武蔵野新田】より

…幕府は新田出百姓に対し農具料,家作料などの補助金を与えたが,他方では年貢取立ても厳しく,そのため新田はなかなか安定しなかった。39年川崎平右衛門(元来は武蔵国多摩郡押立村(現,府中市)の名主)が新田世話役に就任して〈夫食(ぶじき)普請〉(一定の食糧を与えて土木工事に従事させること)などの保護政策を打ち出し,以後しだいに安定におもむいた。新田の土壌は関東ローム層の赤土で耕作に適さなかったが,農民は大量に灰や糠(ぬか)を投じて赤土を肥沃な黒土に変え,明和(1764‐72)ごろからようやく生産(麦,アワ,ヒエ,大豆などの雑穀)が向上し,やがてその生産力は周辺古村をしのぐようになり,関東地方では珍しく人口増大の一途を歩んだ。…

※「川崎平右衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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