川路村(読み)かわじむら

日本歴史地名大系 「川路村」の解説

川路村
かわじむら

[現在地名]新城市川路

伊那街道を挟んで竹広(たけひろ)村の南にある。南は豊川に沿い、河岸段丘の上に位置する。寛永郷帳では「河路村」と記し、慶長九年(一六〇四)の検地帳では、本村の川路のほか、西部の小川路(おがわじ)、南部の広瀬(ひろせ)と分けて記載され、さらに下々(しもそう)村の入作地もあった。同五年以後幕府領であったが、享保一二年(一七二七)に幕府領の部分三〇〇石余を残して一部が旗本巨勢家の所領となって明治に至る。

豊川を渡り塩沢(しおざわ)村に至る塩沢の渡あるいは日吉(ひよし)の渡があった。この河岸からは豊川の舟運が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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