川郷(読み)あしがわごう

日本歴史地名大系 「川郷」の解説

川郷
あしがわごう

芦川沿いの山間の地にあって、中道なかみち往環や若彦わかひこ路が通過する交通の要衝にあたる。芦河・足川・足河とも記された。現芦川村上芦川かみあしかわ・中芦川から三珠みたま下芦川しもあしがわにかけての地域に比定される。正長二年(一四二九)五月七日、「芦川医王寺」において明円が大般若経の書写に従事している(境川村実相寺蔵「大般若経」第五五七奥書)。天文一八年(一五四九)八月一日の武田晴信印判状写(甲州古文書)によると、駿河合力衆よりの荷物について「あしかわ」などに伝馬が命じられている。天正五年(一五七七)には武田勝頼が「芦川之郷」も含めた九一色くいしき諸郷に従前から認められていた諸役の免除を改めて保証しているが(同年二月二二日「武田家印判状写」西湖区有文書)、これもこの地が物資の流通などを支えていたことによるとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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