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織田氏 おだうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

織田氏
おだうじ

姓は平氏。平清盛の孫資盛から出たとも,また藤原氏の出ともいう。代々越前国丹生郡織田荘に居住したが,室町時代中期,常昌のとき,尾張国に移り,尾張守護斯波氏に仕え,守護代となった。文正1 (1466) 年斯波氏が2派に分れて抗争すると,織田氏も清洲,岩倉などに分れて抗争した。

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百科事典マイペディアの解説

織田氏【おだうじ】

室町時代以降の武家。初め越前(えちぜん)織田荘に住む。15世紀初め斯波(しば)氏に仕え尾張(おわり)守護代。戦国時代には清洲(きよす)・岩倉2派に分かれて抗争したが,清洲織田家の三奉行の一人信秀が織田氏を統一,子信長は天下統一歩を進める
→関連項目清洲城斯波氏

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世界大百科事典 第2版の解説

おだうじ【織田氏】

近世大名。姓ははじめ藤原で,のち平姓を称するようになった。古く越前国丹羽郡織田荘に拠り,織田を称するようになったと考えられる。越前守護斯波氏に仕え,斯波義重が尾張守護を兼ねると,織田常昌が尾張守護代となる。斯波氏の分裂抗争とともに,織田氏も春日井郡清須城に拠り下四郡を領する一家と,丹羽郡岩倉城において上四郡を領する一家とに分裂し互いに争う。天文年間(1532‐55)になると,清須織田家の三奉行の一人織田信秀がしだいに力を強め,主家をしのいで隣国にまで勢力をのばすようになる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

織田氏
おだうじ

越前国(えちぜんのくに)丹生(にゅう)郡織田荘(おだのしょう)(福井県丹生郡越前町)の荘官に始まり、室町~戦国時代に尾張国(おわりのくに)(愛知県)に勢力を張り、織田信長を生んだ一族。本姓は未詳。信長は平氏を称したが、これは天下統一のために源平交替思想を利用したもので(室町将軍足利(あしかが)氏は源氏)、根拠はない。織田氏は、室町時代に越前守護となった斯波(しば)氏の被官となり、斯波義重(よししげ)が尾張守護になると、応永(おうえい)年間(1394~1428)に常松が守護代として尾張に移った。応仁(おうにん)の乱(1467~77)での斯波氏の内部抗争を受けて、守護代織田家も二分し、一方が岩倉(いわくら)城(愛知県岩倉市)に拠(よ)り、他方が守護をいただいて清洲(きよす)城(愛知県清須(きよす)市)に拠って抗争を続けた。天文(てんぶん)年間(1532~55)になると、清洲織田家の奉行(ぶぎょう)の一人織田信秀(のぶひで)が台頭し、さらにその子信長は、斯波氏を追い、一族間の争いを勝ち抜いて、尾張一国の支配権を確立した。1560年(永禄3)の桶狭間(おけはざま)の戦いの勝利を契機に、信長は天下統一への道を歩み始めるが、1582年(天正10)の本能寺の変に倒れ、また嫡子信忠(のぶただ)も自殺し、志は中途で挫折(ざせつ)した。信長の嫡孫秀信(ひでのぶ)は岐阜城主となったが、関ヶ原の戦いで西軍方について改易された。しかし信長の弟長益(ながます)(有楽(うらく))と二男信雄(のぶかつ)の子孫は、江戸時代にも大名として続き、明治維新に至り、ともに子爵に叙された。[池 享]

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世界大百科事典内の織田氏の言及

【尾張国】より

…守護代は当初甲斐祐徳であったが,まもなく織田常松がこれに代わった。在国又代は織田常竹であり,以後守護代・又代ともに織田氏一族が独占した。斯波氏は国衙機構を掌握,応仁の乱前後には,荘公を問わず国内全域の公田を対象とする守護独自の段銭を賦課していた。…

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