川面小林村(読み)かわもおばやしむら

日本歴史地名大系 「川面小林村」の解説

川面小林村
かわもおばやしむら

[現在地名]矢掛町東川面(ひがしかわも)

小林(おばやし)村の南、東流する小田川の左岸に位置する。同川支流で村の中央を南東流する星田(ほしだ)川、東端を南流する美山(みやま)川が落合う。南域を山陽道が横断する。北田(きただ)村とも称された。慶長一一年(一六〇六)の徳川家康朱印状(高山公実録)に河面小林村とあり、小田郡に属し、高六四四石余、伊予の藤堂高虎に加賜されている。元和元年(一六一五)摂津麻田藩領となり、以後同藩領で幕末に至り(寛政重修諸家譜など)、同藩の陣屋が置かれている(岡山県史)。宝暦(一七五一―六四)末頃の「中国行程記」(山口県萩市郷土博物館蔵)には、人家は山陽道北側の山手に集中していると記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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