左専道村(読み)させんどうむら

日本歴史地名大系 「左専道村」の解説

左専道村
させんどうむら

[現在地名]城東区諏訪(すわ)一―四丁目・永田(ながた)二―三丁目・東中浜(ひがしなかはま)五―六丁目・同八―九丁目

天王田(てんのうでん)村の東、長瀬(ながせ)川左岸にあり、東は河内国森河内(もりがわち)村(現東大阪市)。深江(ふかえ)村(現東成区)で奈良街道(暗峠越)から分れた摂河国境沿いの道が、村の東端を通って剣(つるぎ)道へと続く。集落は村域北東隅に位置し、南方にある一二間四方の墓地は行基が開いたと伝える。また延喜元年(九〇一)大宰権帥として筑紫へ左遷された菅原道真が、途中立寄ったのが当村諏訪明神の森といい、村名の由来説話がある(大阪府全志)。中世は四天王寺(現天王寺区)領新開(しんかい)庄(現東成区)に含まれたとみられる。

文禄三年(一五九四)の欠郡内佐専道村御検地帳写(諏訪神社文書)によると、村高四四八石(うち一二石余荒地)・反別三三町四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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