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巨勢男人 こせの おひと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

巨勢男人 こせの-おひと

?-529 6世紀前半の豪族。
大臣(おおおみ)として大伴金村物部麤鹿火(もののべの-あらかひ)とともに,継体天皇の即位につくす。娘2人が安閑天皇の妃となり,磐井(いわい)の乱では麤鹿火らと鎮圧にあたる。継体天皇23年9月に死去したという。「続日本紀」では,雀部(ささきべ)を巨勢と誤記されたとあり,事績について疑問もある。姓は許勢とも。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

巨勢男人

没年:継体23.9(529)
生年:生年不詳
6世紀初め,継体朝の政治家。大臣。許勢男人とも記す。『公卿補任』に巨勢小柄宿禰の4世孫,父は河上臣とある。武烈天皇死後の後継大王選出に当たって,すでに大臣であった男人は,大伴金村,物部麁鹿火と共に男大迹王(のちの継体天皇)の即位を支持。筑紫国造磐井の反乱(527)に際しても,金村,麁鹿火と鎮圧に当たったという。娘の紗手媛,香香有媛は共に安閑天皇の妃となる。なお『続日本紀』天平勝宝3(751)年2月己卯条の雀部朝臣真人らの奏言によると,巨勢男人はもと雀部男人であったのを誤って巨勢と記されたとあり,その事績の信憑性には疑問もある。<参考文献>直木孝次郎『日本古代の氏族と天皇』

(佐藤長門)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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