己斐城跡(読み)こいじようあと

日本歴史地名大系 「己斐城跡」の解説

己斐城跡
こいじようあと

[現在地名]西区己斐上四丁目

小茶臼こちやうす(二〇〇・二メートル)山頂にあった小茶臼山城と北方へ谷一つを隔てた茶臼山にあった大茶臼山城をいう。小茶臼山城は麓を通る旧山陽道を押え、広島湾西部および己斐川(現太田川放水路)河口を扼する要衝の地に位置する。大茶臼山城は単に茶臼山城とも称され、小茶臼山城の詰城であった。

「閥閲録」所収下瀬七兵衛家文書の同家家譜に康正三年(一四五七)五月一三日の記事として「己斐城」、「房顕覚書」の永正一二年(一五一五)の記事に「己斐ノ要害」、「閥閲録」所収草苅太郎左衛門家文書の永禄三年(一五六〇)の軍忠状に「許斐要害」などとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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