市原多代女(読み)いちはら・たよめ

朝日日本歴史人物事典 「市原多代女」の解説

市原多代女

没年:慶応1.8.4(1865.9.23)
生年:安永5(1776)
江戸後期の俳人別号,晴霞庵。陸奥国須賀川(福島県)の富商市原寿綱の娘。17歳で分家を継ぐ。31歳のとき,婿に迎えた夫と死別家政と子供の教育の心労をいやすために俳諧を学ぶ。48歳のとき江戸へ出て多くの俳友と交わり,『菅笠日記』を著す。師の岩間乙二命名の晴霞庵に多くの俳友を迎え余生を楽しんだ。<著作>『浅香市集』『晴霞句集』<参考文献>矢部保太郎編著『たよめ全集』

(柴桂子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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