市村座跡(読み)いちむらざあと

日本歴史地名大系 「市村座跡」の解説

市村座跡
いちむらざあと

[現在地名]中央区日本橋人形町三丁目

葺屋ふきや町にあった歌舞伎劇場で、江戸三座の一座。寛永一一年(一六三四)三月、村山又三郎が泉州さかい(現大阪府堺市)から江戸に下り、官許を得て上堺かみさかい(のちの葺屋町)村山座を建て五月大芝居を興行した。寛文三年(一六六三)以降に市村宇左衛門(のち羽左衛門)が二代目座主の縁者から興行権を譲り受けて三代目座主を継ぎ、市村座と改称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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