日本歴史地名大系 「市野山古墳」の解説 市野山古墳いちのやまこふん 大阪府:藤井寺市国府村市野山古墳[現在地名]藤井寺市国府一丁目允恭天皇陵に治定される。南から北へ向かって突出した羽曳野(はびきの)丘陵の北端に、前方部を北にして築かれた前方後円墳。墳丘の全長二二七メートル、後円部直径一三六メートル、前方部幅一五七メートル、二重の濠が巡らされている。同じ古市(ふるいち)古墳群中にある羽曳野市の墓山(はかやま)古墳(応神天皇陵陪冢に治定)、さらに茨木(いばらき)市の茶臼山(ちやうすやま)古墳(継体天皇陵に治定)とほとんど同規模であり、同一設計により築造されたとみられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by