布下村(読み)ぬのしたむら

日本歴史地名大系 「布下村」の解説

布下村
ぬのしたむら

[現在地名]北御牧村布下

御牧原(みまきがはら)台地の北端、断崖下の千曲川河岸段丘上に位置し、布引(ぬのびき)山の下にあるゆえの村名と伝える。

古来、佐久地方に繁栄した望月氏の支配下にあり、中世に入ると文明三年(一四七一)の諏訪御符礼之古書に「望月代官布下石見守盛慶」をはじめとして永禄一〇年(一五六七)の武田信玄に対する起請文(生島足島神社蔵)にも布下氏の名がみられ、「寛永請家系図伝」には「滋野姓布下氏(中略)豊明 伊勢守(中略)大権現甲州新府御出馬の時拝謁したてまつる、関ケ原御陣の時、本多佐渡守組に属して供奉、忠功あり」という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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