布引丸事件(読み)ぬのびきまるじけん

改訂新版 世界大百科事典 「布引丸事件」の意味・わかりやすい解説

布引丸事件 (ぬのびきまるじけん)

1899年7月,フィリピン革命を支援するため武器,弾薬および日本人志士を日本からフィリピンへ送ろうとして失敗した事件。フィリピン革命政府は1898年6月以来,M.ポンセ,F.リチャウコらの代表を日本に送って武器,弾薬の調達と日本政府の支援を求める工作を行った。ポンセは日本亡命中の孫文を介して宮崎滔天,犬養毅らアジア解放に関心を抱く日本人グループを知り,彼らの協力で陸軍参謀本部から使い古された村田銃などの武器および弾薬を払い下げてもらうことに成功した。また代議士中村弥六の尽力で三井物産所有の老朽船,布引丸を購入した。同船は武器,弾薬,志士らを乗せて99年7月19日に長崎港を出帆したが,21日未明,暴風雨のため中国浙江省寧波沖の馬鞍島付近で沈没した。フィリピン革命政府が貴重な資金を投じて,鶴首待望していた武器,弾薬は海底に没し,乗組員,志士らにも溺死者を出した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の布引丸事件の言及

【フィリピン】より

…その結果,99年2月,革命軍とアメリカ軍との間で,フィリピン・アメリカ戦争が勃発するにいたった。日本陸軍から払い下げられた武器・弾薬は99年7月,布引丸に積載されて長崎港を出航したが,途中,上海沖で台風に遭って沈没し,鶴首待望する革命軍の手には届かなかった(布引丸事件)。日本陸軍はまた,武器払下げと交換に,日本軍人を革命軍に招聘するよう要請し,原禎中佐以下5人の軍籍を離脱した〈軍人〉と民間人平山周が別途フィリピンへ渡った。…

※「布引丸事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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