幡尻村(読み)はたじりむら

日本歴史地名大系 「幡尻村」の解説

幡尻村
はたじりむら

[現在地名]三田市上本庄かみほんじよう

大音所おおおんじよ村の西、西境西鎌倉にしかまくら山・やき山、東境おく山に囲まれた山間に立地し、山麓部に農地が開け、集落が散在する。南境を武庫むこ川が東流する。北は丹波国多紀たき当野とうの(現篠山市)に接する。慶長国絵図にはた村とみえ、大音所村・須磨田すまだ村ともで高四五〇石。正保郷帳に幡尻村とみえ、高一一六石余。御領分御高付覚(九鬼家文書)によれば、古くは野々倉上ののくらかみ村のうちであったが、承応三年(一六五四)に分村したという。天保郷帳では野々倉を冠して幡尻村とみえ、高一二八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む