平下村(読み)ひらしもむら

日本歴史地名大系 「平下村」の解説

平下村
ひらしもむら

[現在地名]金沢市芝原町しばはらまち

北袋きたぶくろ村の南東医王山いおうぜん川・川と浅野川の合流地点右岸に位置。「天文日記」天文五年(一五三六)一二月二八日条にみえる「加州芝原市」を当地に比定する説がある。同条によれば「芝原市目代跡職」を河合組の鈴興五郎左衛門に知行させたところ、超勝ちようしよう寺息刑部卿の内者ふるや彦四郎が芝原市目代の子であることを理由に知行を競望している。

正保郷帳では上山うえやま村と並記され、高二九八石余、田方八町三反余・畑方一一町五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の高二〇八石、免五ツ、小物成は山役二〇六匁・蝋役二匁・綿役一匁・漆役二匁・炭役三一匁(三箇国高物成帳)。寛文年間の家高数八・百姓数一〇(高免付給人帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む