平忠頼(読み)たいらの ただより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平忠頼」の解説

平忠頼 たいらの-ただより

?-1030 平安時代中期の武人
平良文(よしぶみ)の子。陸奥介(むつのすけ)となり,平繁盛対立寛和(かんな)元年ごろ繁盛が金泥で書写した大般若経を延暦(えんりゃく)寺に奉納しようとしたとき,弟の忠光とともに妨害をはかった。子孫畠山・千葉・上総氏などの武士団として発展。長元3年10月27日死去。初名は経明。通称は村岡次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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