コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

藤原伊房 ふじわらのこれふさ

7件 の用語解説(藤原伊房の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原伊房
ふじわらのこれふさ

[生]長元3(1030).京都
[没]永長1(1096).9.22. 京都
平安時代後期の廷臣,書家。行経の長男で,行成の直系孫。母は源貞亮の娘。蔵人頭,参議,左大弁,権中納言,治部卿,大宰権帥などに任じられ,正二位にいたったが,大宰権帥当時にひそかに契丹と貿易したということで,嘉保1 (1094) 年従二位に降位,停職。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ふじわら‐の‐これふさ〔ふぢはら‐〕【藤原伊房】

[1030~1096]平安中期の公卿・書家。行成の孫。世尊寺流書道に巧みで、「北山抄」「十五番歌合」などの筆者といわれる。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原伊房 ふじわらの-これふさ

1030-1096 平安時代中期-後期の公卿(くぎょう),書家。
長元3年生まれ。藤原行成の孫。藤原行経の長男。延久4年(1072)参議兼右大弁,のち権(ごんの)中納言,正二位。大宰権帥(だざいのごんのそち)をかねたが,私貿易をおこなったかどで降位停職の処分をうけた。世尊寺家3代の能書で,「北山抄(前田家本)」などが真跡と推定されている。博学で知られ,「前(さき)の三房(さんぼう)」のひとり。嘉保(かほう)3年9月16日死去。67歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原伊房

没年:永長1.9.16(1096.10.4)
生年:長元3(1030)
平安後期の公卿,能書。行経の子,三跡のひとり行成の孫。権中納言・大宰権帥・正二位となるが,大宰権帥在任中に契丹との密貿易に関与したため降位停職された。また,白河天皇の下命による勅選集『後拾遺和歌集』の奏覧本の清書を依頼されたが,自作の和歌が1首しか入集していないのに立腹し,清書を断ったなどのエピソードは有名である。現存する署名のある伊房の書は「自筆請文」(東大寺文書のうち)のみであるが,近年の研究成果によって,「前田本北山抄」巻第3・7はじめ,「藍紙本万葉集」「十五番歌合」ほか数種の遺墨がその自筆と推定されている。秀麗にして気迫に満ちた個性的な書風で,平安独特の優美な古筆とは対照的でユニークな存在である。

(古谷稔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのこれふさ【藤原伊房】

1030‐96(長元3‐永長1)
平安中期の能書家。藤原行経の子,行成の孫にあたり,中納言で大宰権帥を兼ねた。家業となった書道(世尊寺流)をよくし,同時代の大江匡房藤原為房とともに〈三房〉と称された。書蹟では前田育徳会蔵《北山抄》(巻三,巻七)と《十五番歌合》《藍紙本万葉集》などがあげられ,また真蹟の基準となる消息が東大寺にある。彼の書風は藤原定信に影響した。【田村 悦子】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ふじわらのこれふさ【藤原伊房】

1030~1096) 平安中期の書家。行成の孫。世尊寺流第三代。「藍紙本万葉集」「十五番歌合」の筆者とされる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤原伊房
ふじわらのこれふさ
(1030―1096)

平安後期の公卿(くぎょう)。三蹟(さんせき)の1人である行成(ゆきなり)の孫で参議行経(ゆきつね)の長男。母は源貞亮(さだすけ)の女(むすめ)。左中弁、蔵人頭(くろうどのとう)を経て43歳で参議となり、ついで8年後に権中納言(ごんちゅうなごん)に進んだ。1094年(嘉保1)、それまでの5年余り大宰権帥(だざいのごんのそち)を兼任した間に、ひそかに契丹(きったん)と貿易したかどで正二位から従(じゅ)二位に降ろされ、中納言も停(と)められた。しかし死の1か月前に正二位に復されている。祖父の世尊寺流を受け継ぎ、能書家として知られ、『藍紙(あいがみ)本万葉集』ほかによって彼の筆跡を知ることができる。その書風は鋭さと速さを特色とするものであった。[朧谷 寿]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の藤原伊房の言及

【三房】より

…時代の違いにより前三房と後三房とがある。前三房は平安時代の摂関期から院政期にかけて活躍した藤原伊房(これふさ),大江匡房(まさふさ),藤原為房。伊房は名筆として有名な藤原行成の孫で書家として高名なだけでなく,後三条天皇,白河天皇に仕えて実務家としても腕を振るった。…

※「藤原伊房」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

藤原伊房の関連キーワード清水谷公松千種有政高松季眠豊岡尚資船橋則賢山井氏興池尻定孝沢宣維入江相永四辻公音

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone