平楽寺跡(読み)へいらくじあと

日本歴史地名大系 「平楽寺跡」の解説

平楽寺跡
へいらくじあと

古代末期から中世まで存在したと思われ、跡地は上野城跡内とされる。上野城跡は上野台地の最も高所で、城跡内の諸所には長享三年(一四八九)や永正一〇年(一五一三)の銘のある石塔残欠が散在していた。城跡を平楽寺跡とするのは「伊水温故」に「当寺ハ七十七代後白河院勅願所、平相国清盛承テ伽藍修造シ号上野山平楽寺(中略)往日ハ城内永蔵ノ辺ニ有テ諸宇ノ伽藍有」とか、「三国地志」に「旧平楽寺 今ノ郭内(云伊予殿丸)ニアリ、後白河相国ノ創建、子院三十六アリ、天正ノ兵火ニ罹リ諸堂悉ク回禄」などの伝承による。これらの史料によれば、平楽寺とほぼ同時代に薬師寺という寺もあったという。

正元二年(一二六〇)三月三〇日の伝法灌頂付法次第(金沢文庫文書)によれば「伊賀国住平楽寺」の住僧性海が鎌倉無量寿寺(不明、無量寺か)の宏教律師から伝法灌頂を受けている。現在奈良県山辺やまべつげ村の下部おりべ神社にある、旧平楽寺蔵と思われる大般若波羅蜜多経六〇〇巻のうち八巻に「伊賀国平楽寺」「伊州平楽寺」などと記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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