日本歴史地名大系 「平楽寺」の解説 平楽寺へいらくじ 奈良県:生駒郡安堵村窪田村平楽寺[現在地名]安堵町窪田下窪田(しもくぼた)集落の中央にあり、真宗仏光寺派。本尊阿弥陀如来、両脇に親鸞・覚如画像を掲げ、寺宝に光明本尊の大幅がある。この裏書によると、文和元年(一三五二)仏道が願主となり、画工法橋良円の手になる。現安堵町東安堵の融通念仏宗大宝(たいほう)寺の旧記によれば、天正二年(一五七四)の創建で、開基は筒井順永の娘良明比丘尼というが、光明本尊の願主仏道の名は、もと隣村の光林(こうりん)寺にあった文和五年の光明本尊(現滋賀県浅井町西通寺蔵)にもみられ、この頃すでに当地に仏光(ぶつこう)寺(現京都市下京区)の教線が伸びていたことがうかがえる。 平楽寺へいらくじ 愛知県:稲沢市平野村平楽寺[現在地名]稲沢市平野町 加セ三宅(みやけ)川の北西にあり、満東山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊阿弥陀如来。天平一三年(七四一)国分寺の支院四楽寺の一ヵ寺として建立されたと伝えられ、中興開山は南梁。元禄四年(一六九一)湿地のため大塚(おおつか)井筋沿いから現在地の八幡社境内に移した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by