平瀬烽火台跡(読み)ひらせのろしだいあと

日本歴史地名大系 「平瀬烽火台跡」の解説

平瀬烽火台跡
ひらせのろしだいあと

[現在地名]甲府市平瀬町

平瀬町の北方、標高五八六メートルのじよう山山頂にある戦国期の烽火台。城山の西側にはあら川、東側には塔岩とういわ川が流れ、南直下には平瀬の集落を見渡すことができ、眺望に優れている。「甲斐国志」には「平瀬村ノ北ニ里人城山ト呼ブ烽火台アリ。山頂ニ二四間ニ八間許石塁存セリ。御岳猪狩・柳平等ヨリ烽ヲ達スベシ」とあり、北方御岳みたけ地域に存在する各烽火台群と連携した情報伝達のための軍事施設の一つであったことを示唆している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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