日本歴史地名大系 「広尾学校」の解説
広尾学校
ひろおがつこう
[現在地名]広尾郡広尾町西四条
現広尾町立広尾小学校の前身。明治一二年(一八七九)八月十勝組合によりアイヌ子弟の教育のため広尾教育所が開設された。寺子屋の方式をとり、生徒は約二〇人(「十勝国調査材料」道立図書館蔵)。その後生徒数の増加により、同年一一月校舎建築に着手し、同一三年現
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現広尾町立広尾小学校の前身。明治一二年(一八七九)八月十勝組合によりアイヌ子弟の教育のため広尾教育所が開設された。寺子屋の方式をとり、生徒は約二〇人(「十勝国調査材料」道立図書館蔵)。その後生徒数の増加により、同年一一月校舎建築に着手し、同一三年現
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...