広橋太助(読み)ひろはし たすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「広橋太助」の解説

広橋太助 ひろはし-たすけ

?-1830 江戸時代後期の武士
伊予(いよ)松山藩士。風早郡代官となり,富裕者から基金をあつめ,貧農に赤子ひとりに年1俵の子育て米を3年間あたえて間引きの風習をなくした。また無人島で領有不明だった安居(あい)島を松山領に帰属させ,農家を移住させた。文政13年4月16日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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