広橋村(読み)ひろはしむら

日本歴史地名大系 「広橋村」の解説

広橋村
ひろはしむら

[現在地名]下市町大字広橋

村の南方に位置し、下市村から長谷ながたに村に至る中間、広橋峠付近の村。梅の名所。元和・寛永両郷帳には「広瀬村」と書く。官上かんじよう郷のうち。慶長郷帳では村高三五一・九七石、幕府領(代官大久保長安)。のち延宝検地で村高は五二三・五一一石となった。

芭蕉の高弟曾良は元禄四年(一六九一)南都を訪れ、吉野山を見物したあと広橋家を訪ね一週間滞在、「近畿巡遊日記」に「四月朔日吉野ヲ委シク廻リ見ル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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