延坂村(読み)のぶさかむら

日本歴史地名大系 「延坂村」の解説

延坂村
のぶさかむら

[現在地名]金屋町延坂・伏羊(ぶよう)

大薗(おおその)・大西(おおにし)両村の北方に位置し、早月(はやつき)谷が南北に延びた地域を占める。北は生石(おいし)ヶ峰の上部まで広がり、中(なか)村と境を接する。南は尾上(おのうえ)山の頂上に達して立石(たていし)村と境する。集落は早月谷を挟んで南北の中腹と谷間に散在。伏羊谷は本村とは谷を異にした飛地の枝郷。本堂(ほんどう)にある生石明神(現五名生石神社)の氏下で、元和四年(一六一八)の生石明神の勧進帳(上続家蔵)では大薗・大西・延坂・伏羊・青田(あおだ)を早月下村と一括して記している。


延坂村
のべさかむら

[現在地名]上石津町西山(にしやま)

屋敷(やしき)村の南に位置する。元禄郷帳に村名がみえ、高八〇石余で幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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