弘憲寺(読み)こうけんじ

日本歴史地名大系 「弘憲寺」の解説

弘憲寺
こうけんじ

[現在地名]高松市錦町二丁目

にしき町二丁目の北西部、かつてのはまノ丁武家屋敷の西部にある。西隣は吉祥きちじよう(真言宗御室派)。利剣山遍照光院と号し、高野山真言宗本尊不動明王。生駒親正が鵜足うた聖通寺しようつうじ(現綾歌郡宇多津町)にいた時、同郡島田しまだ(現綾歌郡飯山町)良純の勧めで再興した法勲ほうくん寺に始まるという。法勲寺は天平年間(七二九―七四九)行基が阿野あや福江ふくえ(現坂出市)に開創、延暦一三年(七九四)空海が鵜足郡下法軍しもほうぐん(現飯山町)に移したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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