張振甫山荘跡(読み)ちようしんぽさんそうあと

日本歴史地名大系 「張振甫山荘跡」の解説

張振甫山荘跡
ちようしんぽさんそうあと

[現在地名]千種区振甫町

張振甫は明末の戦乱を避けて、元和(一六一五―二四)の頃、一説に寛永―正保(一六二四―四八)頃渡来し、京都に住んで帰化した。振甫は食餌療法に長じていたという。徳川義直は侍医にしようとしたが固辞されたため、巾下掘留はばしたほりどめ(現西区)に邸を与えた。光友の時、上野うえの山中に山荘地を与えられ、振甫はそこに堂を営んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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