御小人町(読み)おこびとまち

日本歴史地名大系 「御小人町」の解説

御小人町
おこびとまち

[現在地名]金沢市扇町おうぎまち横山町よこやままち暁町あかつきまち

賢坂けんさか辻を介して材木ざいもく(上材木町)の東に続く。南は藩士富田氏上屋敷、東は藩士上坂氏の上屋敷を経て火除ひよけ町に続き、北は藩士横山氏上屋敷と武士地に囲まれている。両側町で、元禄三年(一六九〇)の地子町七ヶ所一三町の一(国事雑抄)町名はかつて当地に御小人の組地があったことにちなむものといわれる(金沢古蹟志)。御小人は藩主に属する小者のなかの一名目で、職務としては提灯持・玄関番・小遣などがあった(加賀藩御定書)


御小人町
おこびとまち

[現在地名]相馬市中村なかむら 新町しんまち

明暦年間(一六五五―五八)きた町から小人五三戸を移したことから、新小人しんこびと町とよばれたこともある。北町から泉田いずみた町にかけての東西一三〇間ほどの通りをなしていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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