御崎寺跡(読み)みさきじあと

日本歴史地名大系 「御崎寺跡」の解説

御崎寺跡
みさきじあと

[現在地名]宮崎市折生迫

白浜しらはま南方に突き出した御崎と称される岬の北西麓にあった真言宗寺院。日御崎ひのみさき寺ともよばれる。開基の年月は不明であるが、往古より古名刹であったという。推古天皇の時代に百済国の日羅が開いた霊場で七堂伽藍の一つと伝えられる。永禄一〇年(一五六七)薩摩の島津忠良が伊東義祐に真幸まさき(現えびの市)での合戦の和談を申入れるため、坊津ぼうのつ(現鹿児島県坊津町)の一乗院を使僧として遣わし、一乗院は御崎寺に着船したという(日向記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む