御崎寺跡(読み)みさきじあと

日本歴史地名大系 「御崎寺跡」の解説

御崎寺跡
みさきじあと

[現在地名]宮崎市折生迫

白浜しらはま南方に突き出した御崎と称される岬の北西麓にあった真言宗寺院。日御崎ひのみさき寺ともよばれる。開基の年月は不明であるが、往古より古名刹であったという。推古天皇の時代に百済国の日羅が開いた霊場で七堂伽藍の一つと伝えられる。永禄一〇年(一五六七)薩摩の島津忠良が伊東義祐に真幸まさき(現えびの市)での合戦の和談を申入れるため、坊津ぼうのつ(現鹿児島県坊津町)の一乗院を使僧として遣わし、一乗院は御崎寺に着船したという(日向記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む