御幸の芝明神(読み)みゆきのしばみようじん

日本歴史地名大系 「御幸の芝明神」の解説

御幸の芝明神
みゆきのしばみようじん

[現在地名]吉野町大字吉野山小字辰之尾

竹林ちくりん院の東方、老杉の木立の中の小祠。夢違ゆめちがい観音または雨師あめし明神、八大竜王社と称し、吉野八社明神の一であったが、明治八年(一八七五)廃され、本尊の観音像は蔵王ざおう(金峯山寺)へ移された。「新葉集」に「芳野の行宮にて五月雨はれまなかりける比、雨師の社へ止雨の奉幣使などたてられける時、おぼしめしつづけさせ給ける」と詞書のある後醍醐天皇の作として「このさと丹生の河上ほどちかしいのらばはれよ五月雨の空」がある。「吉野拾遺」には天皇が付近遊山のとき雨にあい、ここの堂内に休んで作歌すると雨がやんだとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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