南北朝期の説話集。奥書に〈正平つちのえいぬのとしのはる〉(1358・正平13),〈隠士松翁〉とあるが,成立,作者ともに未詳。伝本に2巻本と4巻本(3冊と4冊,1687刊,内題《芳野拾遺物語》)がある。4巻本の立てた章段,目録では,2巻本は35話であり,4巻本は後代の追補とみられる29話が加わり,計64話である。2巻本は南北朝後期,追補部は1552年(天文21)までに成立したとみられ,後醍醐天皇の吉野遷幸から当代後村上天皇時代にかけて,作者が見聞し体験した逸事が集められている。歌物語が多いが,ほかに〈高師直弁の内侍を奪ふ事〉〈伊賀の局化物にあふ事〉〈くま王発心の事〉などがあって,山深い吉野行宮の内外の,優雅,哀傷,奇瑞,奇談,怪異の物語集となっている。なお奥書にみる作者隠士松翁については諸説(侍従忠房朝臣,兼好法師の弟子の命松丸など)があるが,吉野朝ゆかりの人とする以外,全く不明である。
執筆者:伊藤 敬
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南朝関係説話を集めた中世後期の説話集。跋(ばつ)文には「正平(しょうへい)つちのえいぬのとし」(1358)、「松翁」なる者が著した旨を記す。この松翁については、侍従忠房(ただふさ)説、吉田兼好の弟子命松丸(めいしょうまる)説など諸説があるが、いずれも確証はない。この跋文自体を虚構とみる説も有力である。作者はただ、南朝びいきの教養ある隠士で、兼好の影響下にある人物とのみ推定される。成立年も確定できないが、室町時代の説話集『塵塚(ちりづか)物語』との関係から、1552年(天文21)以前であることは確かである。諸本には、35話を収める二巻本のほか後人がこれに29話を増補して成立したと考えられる三巻本、および四巻本(内容は三巻本に同じ)がある。内容は、巻頭に後醍醐(ごだいご)帝関係の和歌説話を配し、以下、神仏霊験説話、遁世(とんせい)説話、怪異説話、武勇説話、悲恋説話、誹諧(はいかい)説話など多岐にわたる。これらには『太平記』『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』『徒然草』などをふまえつつ、『撰集抄(せんじゅうしょう)』などにみられるのと同様な、創作説話的方法で形成されたとみられるものがあり、注目される。
[木下資一]
『『説話文学必携』(1976・東京美術)』
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