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御薗意斎 みそのいさい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

御薗意斎
みそのいさい

[生]?
[没]元和2(1616).12.
安土桃山時代から江戸時代初期の鍼医。名は常心,通称は源吾。正親町天皇後陽成天皇に仕えて鍼博士となる。御薗流鍼術は小鎚で鍼を徐々に皮下に打入れる方法で,打鍼法と呼ばれる。これは,意斎の先祖で花園天皇の頃の人多田二郎為貞が考案したものといわれ,意斎はその御薗流を世に広めた中興の祖である。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

御薗意斎 みその-いさい

1557-1616 織豊-江戸時代前期の鍼医(はりい)。
弘治(こうじ)3年8月17日生まれ。金銀の鍼をつくり,意斎流打鍼(だしん)術を創始。宮中につかえ鍼博士となった。元和(げんな)2年11月2日死去。60歳。名は常心。通称は源吾。著作に「鍼灸秘訣」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

御薗意斎

没年:元和2.11.2(1616.12.10)
生年:弘治3.8.17(1557.9.9)
安土桃山時代の鍼術家。摂津の人。名は常心。天正10(1582)年京都に上り,金銀の鍼をつくり,細川忠興,夢分斎(法印流鍼術家)と親交があった。正親町天皇,後陽成天皇に仕え,鍼博士となる。その術は木の小槌を用いて鍼を打って刺入する打鍼法で,これは日本独自の鍼の始まりであり,のちの杉山和一の管鍼法の先駆けともいえる。以後代々が意斎を名乗り,明治維新に至るまで10代にわたって御典医の地位を保つ。著書に『医家珍宝』『鍼灸秘訣』『鍼灸全論』『神華秘伝』があるが散佚している。<参考文献>京都府医師会編『京都の医学史』

(高島文一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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