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徳力善雪 とくりき ぜんせつ

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美術人名辞典の解説

徳力善雪

江戸前期の画家。名は之勝、薙髪して善雪という。善宗の子。元和・寛永の頃、関東で絵を学ぶ。本願寺絵所預となり、見真大師絵伝四幅を改描して八幅とした。又東寺金勝院に弘法大師絵伝を、本山の御影堂に蓮を画いた。延宝8年(1680)歿、82才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徳力善雪 とくりき-ぜんせつ

1599-1680 江戸時代前期の画家。
慶長4年6月25日生まれ。父徳力善宗の跡をついで西本願寺の絵所預(えどころあずかり)となる。西本願寺御影堂障壁画,「親鸞(しんらん)聖人絵伝」などをえがいた。師に狩野(かのう)山雪,狩野探幽の2説がある。延宝8年7月29日死去。82歳。京都出身。名は之勝。通称は小兵衛。

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朝日日本歴史人物事典の解説

徳力善雪

没年:延宝8.7.29(1680.8.23)
生年:慶長4(1599)
江戸前期の画家。京都の生まれ。名は小兵衛,58歳のとき剃髪し法名を善雪とした。善雪の出た徳力家は,西本願寺の絵所6家のうちのひとつであった。元和から寛永の初めにかけて,関東に下って画道を修業,帰洛してから父善宗のあとを継ぎ,西本願寺の絵所預となった。善雪の師は明らかでないが,狩野山雪説や狩野探幽説がある。西本願寺御影堂内の障壁画を描き(1633),同寺飛雲閣の襖絵を補修したことが知られる。作例として「親鸞聖人絵伝」(8幅,西本願寺蔵),「瀟湘八景図巻」(東京国立博物館蔵)がある。

(小川知二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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