(読み)びょう(英語表記)miao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


びょう
miao

元来,中国古代の邑制国家において,有力氏族が集ってその祖先 (主神) を祀る場所のことで,宗廟ともいった。社とともに,邦国祭祀の中枢点として先秦の文献に頻出するものであったが,祭政一致の時代には,なお君の即位告朔の礼,出征者の受命などのいわゆる国の大事をとり行う正殿でもあった。漢代になって,廟は祖先の貌を見る場所であると解されてからは,廟は各所に普及し,ついには五帝廟,孔子廟老子を祀る玄元廟など,直接には血縁関係のない先聖の廟までが次々と建てられ,信仰されるようになった。

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デジタル大辞泉の解説

びょう〔ベウ〕【×廟】

祖先・先人の霊を祭る建物。おたまや。「香椎(かしい)」「レーニン
神社。社(やしろ)。祠(ほこら)。
王宮の正殿。東西に庇(ひさし)のある建物で、政治を行う所。

びょう【廟】[漢字項目]

人名用漢字] [音]ビョウ(ベウ)(漢)
先祖を祭る建物。みたまや。「廟所祖廟宗廟霊廟
ほこら。「神廟
王宮の正殿。朝廷。「廟議

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世界大百科事典 第2版の解説

びょう【廟 miào】


[中国]
 中国では,一般に仏教など外来宗教の建物を〈寺〉というのに対し,中国固有の宗教建築を〈廟〉とよぶ。ただし,道教の寺院は〈観〉または〈宮〉であり,ラマ教寺院は〈廟〉とよばれることもある。清朝の皇帝の避暑地,河北省承徳市に現存する普陀宗乗廟はその代表例である。廟はほんらい祖霊をまつる宗廟のことであったが,のちにその領域が拡大され,超能力を具有すると信じられた死者自然物,動物などをまつる民間の〈祠〉も廟ないし祠廟とよぶようになった。

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大辞林 第三版の解説

びょう【廟】

死者、特に祖先の霊をまつる所。たまや。
神々の祠ほこら
王宮の前殿で、政治を行うところ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


びょう

道観(道教の寺院)をはじめ、神祠(しんし)、仏寺などの汎称(はんしょう)。東岳廟、城隍(じょうこう)廟、関帝(かんてい)廟、娘娘(ニャンニャン)廟、呂祖(ろそ)廟などは道教系であるが、土地廟、竜王廟、財神廟、胡仙(こせん)廟などは民間信仰に属する小規模なものが多い。寺院も俗には廟とよばれることがあるが、とくにチベット仏教(ラマ教)寺院は北京(ペキン)の雍和(ようわ)宮を除けば多く喇嘛(らま)廟とよばれる。儒教でも孔子を祀(まつ)る文廟(ぶんびょう)、夫子廟がある。さらに一王朝の祖霊を祀るのは宗廟(そうびょう)で、太廟(たいびょう)ともいう。転じて朝廷そのものをも廟堂という。一家一族の祖霊を祀る祠堂(しどう)は家廟という。しかし通常は道観および神祠をさし、一般民衆との縁から、そこに祀られる神の誕辰(たんしん)(聖誕日)には一定期間の祭礼が催され、その開帳を開廟、縁日を廟会(びょうえ)とよんで、廟の内外には商人が出て廟市が立つ。各地の著名な廟、たとえば娘娘廟の祭礼などは、庶民の信仰と交易と遊楽の機会となっていたが、信仰の衰退につれて開かれなくなり、廟そのものも特別な宗教遺跡を除いて多くは廃絶した。[澤田瑞穂]

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世界大百科事典内のの言及

【廟会】より

…中国において,寺院,道観,神祠を総称して廟とよび,そこにまつられる神仏の誕辰を記念して若干日間は一般に開放され,祭礼が行われる。これを廟会とよび,日本の縁日にあたる。…

【李朝美術】より

…その自由奔放な装飾・造形は,民族的な色合いを濃く表現したものといえよう。李朝では儒教が奨励され,孔子をまつる廟と郷校(きようこう)(学校)を付属させた文廟が各地の都邑に建てられた。これらの郷校では,儒者のうち中央官庁に入れなかった人々が教師になり子弟を教育した。…

※「廟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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