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徳大寺公純 とくだいじ きんいと

美術人名辞典の解説

徳大寺公純

幕末の公卿。右大臣鷹司輔熙の子。実堅の養嗣子、実則・西国寺公望・友純の父。文久3年に正二位内大臣、右大臣となる。従一位。国事御用掛となり、公武合体派の中心となる。明治16年(1883)歿、63才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徳大寺公純 とくだいじ-きんいと

1821-1883 江戸時代後期の公卿(くぎょう)。
文政4年11月28日生まれ。鷹司輔煕(たかつかさ-すけひろ)の子。徳大寺実堅(さねみ)の養子。安政4年議奏となるが,朝廷での反幕運動の画策者のひとりとして幕府より圧迫をうけ,万延元年辞職。のち公武合体派に転じ,国事御用掛,右大臣をつとめた。明治16年11月5日死去。63歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典の解説

徳大寺公純 (とくだいじきんいと)

生年月日:1821年11月28日
江戸時代末期;明治時代の公家
1883年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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