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徳姫 とくひめ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徳姫 とくひめ

1559-1636 織豊-江戸時代前期,織田信長の娘。
永禄(えいろく)2年3月2日生まれ。10年三河(愛知県)岡崎城主松平信康(のぶやす)(徳川家康の長男)と結婚,2女を生む。信康は徳姫の訴えにより,信長に武田家との内通をうたがわれ,天正(てんしょう)7年自刃させられたというが,真相は不明。寛永13年1月10日死去。78歳。通称は五徳,岡崎殿,見星院。

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朝日日本歴史人物事典の解説

徳姫

没年:寛永13(1636)
生年:永禄2(1559)
安土桃山・江戸時代武家の女性。徳川家康と築山殿の長男松平信康の妻。織田信長と生駒氏の娘。五徳。織田・徳川同盟の絆として,永禄10(1567)年9歳で三河国岡崎城主の信康に嫁した。築山殿も岡崎城に同居したが,家康は浜松城にあって,父子共に武田勢と攻防を繰り返した。徳姫は,築山殿と信康が武田氏に内通したといい,夫の日常の不行跡を信長に訴えたという。信長は伺候した家康の家臣酒井忠次に確かめ,家康に命じて天正7(1579)年信康を自害させた。これらは信長の策謀ともいわれ真相は明らかでない。信康亡きあと織田家に戻り,京で過ごす。ふたりの娘は本多忠政小笠原秀政の正室となった。<参考文献>『人物日本の女性史』8巻

(西村圭子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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