徳永秀之(読み)とくなが ひでゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳永秀之」の解説

徳永秀之 とくなが-ひでゆき

1818-1870 江戸時代後期の尊攘(そんじょう)運動家。
文政元年生まれ。佐伯稜威雄(さえき-いずお)の兄。周防(すおう)(山口県)防府の右田(みぎた)毛利家につかえ,牟礼(むれ)村の進徳舎で子弟におしえる。京都,大坂遊説萩藩の兵制改編の際,諸隊の脱隊騒動に連座し,明治3年3月4日切腹した。53歳。初名は秀信。通称は京平,恭平。

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防府市歴史用語集 「徳永秀之」の解説

徳永秀之

小野出身の志士で佐伯稜威雄[さえきいずお]の兄。弟とともに情報収集にあたりました。脱隊騒動に加わり、処刑されました。

出典 ほうふWeb歴史館防府市歴史用語集について 情報

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